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    父子家庭 妻は何処に

    旅 日記 アジア タイ
    02 /19 2019


     タイは今日19日が祝日なので先週土曜から4連休を取っている人々が多い。
     したがってこのレジデンスも静かだった。
     お向かいのアムちゃんや隣のヌゥちゃんは実家に戻っているので我が家だけが陸の孤島みたいになってしまった。

     18日の月曜日、多くの人が休みを取るなかでうちの妻だけは出勤した。
     連休とはいえ工場は動いており不測の事態に備えるためだという。

     とくに最近設置した大型の運搬設備がなかなかうまく作動せず販売元のシンガポールからも係員が派遣されているらしい。

     現場作業員とのコミュニケーションが英語ではうまくゆかず、おまけにそのためのコンピューター作業が必要でいつもはアムちゃんが頑張っているのだが今日は休みをとったのでカバーするようだ。

     その前日の話。
    「明日は、なにからなにまでみなくちゃならないからご飯に行く時間もないわ」
     このままでは昼食抜きになるかもしれないなどとブツブツ言いながらあたしをチラ見する。

     わかっている。催促なのだ。なにか優しい言葉が配偶者の口から出ないかと期待しているのだ。
    「じゃ久しぶりに弁当でも作ってやるかな」
     あたしがそう言うと、待ってましたとばかりに早いレスポンス、
    「おにぎりでいいわ、梅干しのおにぎりだけでいいわ」

     そんなわけで月曜日の朝。
     ご飯を炊きおにぎりを作りそれだけではかわいそうだとソーセージと玉子焼き。

     まるで父子家庭だ。
     子育ても大変なのだ。





    弁当の残り
    海苔がしんなり、情けない姿に
    海苔のパリパリ感を維持するには
    コンビニのように別々にするしかないのかな

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    遺跡発掘中止そしてカンボジアへ?

    旅 日記 アジア タイ
    02 /18 2019

     夢の話を書きます。
     夢というのは現実とは程遠い現象の記憶になることが多いのだが、時として現実の問題とオーバーラップすることもある。
     
     記憶に残る夢が現実に直面している問題と何らかの関連をもつ場合もある。

     まず見た夢から、簡潔に書いてみます。

     タイ・トンブリー王朝期の遺跡発掘に従事していた。これはタイ王室のさる王女の後援を得て行われていたものだ。
     その事業は順調だったがどういうわけかタイ王室・王女の後援が中止になったという。そのため発掘許可の見直しなどが行われ難しい問題に直面した。

     そこで短気者のちい公はカンボジアに目を転じ、まだ未発掘のクメール遺跡に着手することにした。これはアンコールワットから北へ約50キロの地点だった。

     ここまでが夢。
     
     すこし説明をすると、トンブリー王朝というのはアユタヤ王朝衰退の後、現バンコクにできたはじめての王朝であってチャオプラヤー川を挟んだ西側に位置し現在もトンブリー区として地名が残されている。有名な暁の寺がある側というふうにイメージして頂ければと思う。
     しかしこのトンブリー王朝は現タイ王朝とは別物と理解するほうがよい。


    thonburi.png



     おかしなものだ。現実的にはあたくしはトンブリーと直接の関係はない。
     なのにどうして発掘するのがトンブリー王朝なのかよくわからなかった。
     実際問題として今週タイ中北部チェンマイの南にあるスコータイ遺跡エリアを探索する予定がある。
     しかし下の歴史年年表をご覧いただくとわかるようにトンブリーはかなり後期であるのでスコータイとは関係ないといってよい。

    3 古代国家
      【省略】
    3.4 ラーンナー王国(チェンマイ)

    4 スコータイ王朝

    5 アユタヤ王朝

    6 トンブリー王朝

    7 チャクリー王朝
    7.1 近代化
    8 立憲君主制時代
     【省略】
    8.4 軍事政権


     見た夢がどうしてトンブリー王朝なのか、そしてなぜタイ王室の後援を得ていたのか。

     じっくり考えてみると、現在進行中の企画に関係があるのだろうという結論に達した。
     詳細は書けないがある企画についてタイ政府の後援を得ようと画策しているのは事実だ。
     その願望が遺跡発掘という現実とは全くかけ離れた夢につながったと理解できる。

     しかし実際問題として、お金の絡む現実とは距離をおき遺跡を掘り返すような仕事ができればとぼんやり思ったリする。
     大金が動く話は見方を変えればおもしろいけれども、あたしの仕事ではないとささやく声が心のどこかから聞こえてくるのだ。





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    これはコロッケか そうじゃコロッケじゃ

    旅 日記 アジア タイ
    02 /17 2019


     もう何日になるだろう妻がコロッケを食べたいと言い続けていた。
     
     そんなものは簡単だが、平日は夕食に炭水化物を摂らないと決めているのでどうしても週末になる。
    「ウィークデーにでも作ってやるから翌日のランチに持ってゆけば」
     そう言うが、
    「あなたが作るのをそばで見ていたいの。あなたが留守になっても自分で作れるでしょ」
     なんとも面倒くさいことを言う。

     そんなことで土曜日になった。

     前日から、明日はコロッケコロッケと呪文のように唱えていた妻、朝からいそいそといわれた通りポテトをボイルしたりオニオンをみじんにしたりと頑張った。

     コロッケとはいえ、あたしは作ったことなどない。子供のいない小家族ではフライなどは買ったほうが効率的だ。しかしここは地の果てタイの果てアユタヤ田舎、スーパーへ行くにも一日がかり。

     コロッケ。
     作り方はネットを見ても想像通りのレシピなので、まあ何とかなるだろうとやってみた。

     パン粉が細かい方が売っているコロッケのように出来上がることが分かった。しかしもう遅い。
     かたちは決してよくないがミンチも入ってなかなか美味しかった。次回はカレーコロッケも作ってみよう。

     二人でランチ。
     ご飯も食べずコロッケだけでお腹いっぱいになった。



    焼きおにぎりではないコロッケなのであ~る
    フードブログではないからこれでよいのであ~る
    食べられるだけ幸せなのであ~る

    DSC_0008 (2)




    ココナッツとドブ水

    旅 日記 アジア タイ
    02 /16 2019


     ココナッツが売られているのはあちこちでよく見る。
     けれどもタイで誰が買うのだろうと不思議に思っていた。
     
     なぜかといえば南の国なんかでこんなものを買うのは観光客だというイメージないしは先入観があった。

     そもそもココナッツの白い身はケーキや菓子、料理などに使われている。味がやさしくまろやかな味になる。

     しかし中に入っている水は買って飲むほど美味しくはない。

     よく冷やしているのならともかく生ぬるいココナッツの水なんか誰が美味いと思うのだろう。
     どう考えても腐りはじめた水の味にしか思えないのだ。

     そんなときにココナッツが届いた。
     妻が市場で見つけたといって買ってきた。
     あたしにココナッツなど、それも料理に使うのではなく中の水、彼女はジュースと呼ぶが、それを飲むために買ってきた、それが興味をひいた。

    DSC_0186_201902131658405c0.jpg


    「タイ人もココナッツの水を飲むのか」
    「そりゃそうよ、売ってるんだもの」

     ココナッツなんぞはどこの家でも庭などに植えていて自分で調達するものだとばかり思っていた。あたしはとくにイサーンの田舎に長くいたせいでどこにでもあるようなココナッツは買うものだとは思っていなかった。

    「タイも経済力が上がったということか」
     独り言になった。
     妻には意味が分からなかたようだ。
    「飲んでみて」
     言われて一口。
    「どう? おいしい?」
    「う~ん・・・ドブの味だな」
     飲んだことはないがドブならこんな味がするのだろう。
    「なに? ドブって?」
    「昼間、太陽の下に置いていた水が腐ったようなものだよ」

     ふん、というような顔で彼女は自分で飲んだが途中でやめて冷蔵庫にしまった。

     二つのココナッツは数日後、妻に臭いをかがれてそして捨てられた。
     これで彼女も二度と飲むためのココナッツを買うことはないだろう。
     めでたし、めでたし。







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    ちい公

    ようこそ! 
    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い