これが現代へんな時代
日々のドキュメント 旅 アジア次からつぎへと噴出するスポーツ界の問題。今度は体操界にまつわる醜聞で大賑わいだ。
本当に膿があるならそれは早急に排除しなければならないことは言うまでもないが、東京オリンピックを2年後に控えた今になって噴出する数々の問題。
何が真実でなにが問題とされるのか当事者たちにとっては、いやごく普通の人々にとっても予測がつかない時代でもある。
暴力を否定するのは何もいまにはじまったことではない。いけないことはわかっていても黙認してきた時代があり世界がある。現在は暴力と非難される指導法、それにより成果を出してきたスポーツもある。
このような指導法がまかり通ってきた日本の体質がそれこそ時代遅れだとも言えるのだが、世界からみればやはり日本は島国であった。
だからこそこれらの悪弊を排除しようと国民総出で声高に叫んでいるのかもしれない。
このことを否定はしないが、ただ思うのはヘンな時代になったなということ。
なにかあれば叩こうと鵜の目鷹の目で探し回る人々。メディアだけでなくごく普通の人々までもがSNSというリーサルウエポンを片手に写真、動画を撮りまくる。
東京オリンピックも心配だが、それよりもなんちゃって正義の味方ばかりがこのまま増えつづけてゆくことのほうがこわくもある。
どこもかしこも窮屈になってきた。なにも日本だけではない。
もっと大らかな心で事象を観て判断する、そんな時代はもう戻っては来ないのかな。
批判する精神は必要だがなんでもかんでも反対だ、やれおかしい、と叫ぶのはまるでどこかの国のミニ泡沫政党のようでもあり、これでは人間としての本来あるべき姿よりかは、かなり矮小な、ちまちました生き物に成り下がってしまうようなそんな気もする今日この頃だ。