西に下がりはじめた太陽に向かってトゥクトゥクは走る。
前方に信号がみえてきてスピードが落ちた。
町が近くなったようだ。

近くに学校があるらしく日本と似たセーラー服の女生徒たちが歩いている。小学生かな中学生かもしれない。耳のあたりまでのおかっぱヘヤーは公立高校のルールだ。
妻がスマホを開いてナビアプリを起動した。
あたしは知らなかったのだがスマホでは現在地だけでなくカーナビのようにアナウンスが入るアプリもある。
あと何キロとか、どこを曲がるとか、タイ語で案内が出てくる。高いカーナビがなくてもこれで十分役に立つようだ。

この旅、妻としては亭主に何も考えさせることなく気楽な旅をさせようと気を遣ってくれている。
というのも数年前にタイ東部タイ湾内のリゾート島へ行ったとき彼女が予約したホテルが民宿まがいのところで、たまたま仕事を持っていったが集中できなかったことがあった。
そこで仕上げる予定にしていた仕事が進まずイライラしたあたしは一晩でキャンセルして帰ると怒った。
その怒りようが尋常ではなかったことは自分自身も認めざるを得ない。それなりの理由があったことは確かだ。
それに加えて、予約サイトだけを信用して安くもない料金で申し込んでしまったバカさ加減にも腹が立った。
そんな記憶があり、おまけに妻は初めてのスコータイなので今回はホテルひとつ選択するにもかなり慎重だったようだ。
同じ失敗をして気難しい亭主を怒らせてはならないと心を砕いている。
あたしもそんな妻の気持ちがわかっているだけにこの旅は何があろうとニコニコ笑って楽しもうと決めていた。
そもそも、それほど長くない人生、大切な時間を怒って過ごすなど、もったいないではないか、そう思えるようにもなってきた。
妻がスマホを見ながら言った。
「今走っているのがニュー・スコータイシティよ。ホテルはこの街を抜けてからだからまだ先ね」
「大丈夫だよ。ドライバーが知ってると言ってただろ。メーターのタクシーじゃないんだから、そんなに心配しなくても着くさ。ゆっくりゆっくり行こう」
妻がホッとしたように笑った。

こんなところで多少遅れたって、ドライバーが道を間違えたとしても、急ぐ旅じゃないのだからいいではないか。ここから見える景色をしっかり覚えて楽しもう。
そんなこともしゃべった。
流れゆく景色を見ている妻の横顔が子供のようにみえた。

