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    風にふかれてタイランド スコータイの旅 タイマッサージ

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /20 2019


     昨日のトピックで妻がタイ・マッサージを受けたという話を書いた。
     ふと思い出したので今日はタイ・マッサージについて、続編のようになってしまいますがしばらくおつきあいくださいませ。

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     オイルマッサージをしてもらった妻。
     肩の凝りや悩んでいた腕の痛みもウソのように消えたという。
    「サバイ マーク」(とても気持ちがよい)
     こんどはあたしにもやってもらいなさいと言う。
    「う~ん」
     すこし乗り気になったのだが、
    「やっぱりいいよ、やめておこう」
     日本円ならチップ込みで二千円もしない、南部のビーチリゾートのことを考えれば安い。
     だがお金の問題ではなくあたしには過去にタイマッサージで苦い思い出がある。

     いまだに忘れられない記憶、トラウマというほどのことではないが・・・。

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     タイ東北部の県庁所在都市で長逗留をしていた。
     今と変わらずノート片手にウロウロしていた時代。
     
     逗留先はマンションを改造したような安ホテルだった。当時のレートで一泊1500円もしなかった。それでもブッフエ朝食が美味しくて気に入っていた。

     後にこのホテルのスタッフやコックなどと友達になるのだが、それはさておき、あるとき肩が凝りおまけに腰痛が出てしまった。
     自分からマッサージなどと考えるのはそれこそ人生初のことだった。

     ちょうどホテルにマッサージがあることを知ったので思い切って行くことにした。
     だだっ広い道場のような部屋がマッサージコーナーだった。

     午後の早い時間、客は誰もいなくいくつかのマットレスが川の字に並んでいるだけ。

     あらかじめ女性はいらないとオーダーしていた。
     あの頃はまだマッサージにも若干の偏見があったのかもしれない。ヘンなサービスを求める客だと思われては嫌だという自意識がそう言わせた。
     たしかにその町にもマッサージと書いた怪しげなネオンまたたく店も多かった。

     さてホテルのマッサージルーム。
     やってきたのはまだうら若い男性だった。
     まずジーンズをチェンジしてステテコのようなものに着替える。

     まだ英語しかわからない日本人だった。
     腰が痛い、肩が痛い、ほとんど身振りで伝えた。
     その返事を聞いたときに、それでもなんとなくわかった。
    「カァ~」(はい)
     と係の男は返事した。
     おいおい、それは女性の返事ではないか。
     (男性ならカップ(はい))
     
     もしかしたらという予感は的中で、マッサージそのものは上手いのか下手なのかよくわからないが、なんとなくあちこちに動く手先が女性っぽい。

     耐えられなかった。
     10分もしないうちに、もういいと断った。
     料金だけはきちんと支払った。
     言い訳に、こそばゆくてダメだ、とい言ったつもりだが通じたかどうか、英語もいい加減だったし相手も英語が理解できたかわからない。

     それから半日もしないうちに日本人がマッサージから逃げたとホテル中で噂になった。
     仲のよいレストランのボーイが教えてくれた。
    「当たり前だろ、俺には男の趣味はないんだ」

     すぐに断って悪かったかもしれない。
     本当はまともなマッサージだったようだ。でないとしても、まさか真昼間からいかがわしいサービスもないだろうと後から思った。

     それにしてもおもしろいホテルだった。
     みんなと仲良しになった。

     あそこでは、女嫌いの日本人としても有名になった。
     泊って最初のころ、ボーイが何度か「今夜の奥さんは要りませんか」と聞いたけれどいつも要らないとしか答えなかった。
     そういう遊びは自分のポリシーに反する。それがたった一人の日本人としてのプライドでもあった。

     そんなわけで、あれ以来マッサージをしてもらおうと考えたことはない。
     でももしかするとそのことで人生すこし損をしているのかもしれないなと思ったりもする。

     
      
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    風にふかれてタイランド スコータイの旅 ホテルで会った猫君

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /19 2019


     暑いなか自転車で走り回ったせいか奥ちゃまがマッサージをしたいと言う。
     仕事の疲れも溜まっていたのだろう。

     このホテルでは部屋でマッサージが受けられる。
     なかなか気の利いたホテルで、上手な女性を呼びますと言い、じっさいに妻は大満足したようで、本当によい休養になったと喜んだ。

     ご存知のようにタイマッサージにもいろいろあって、バンコクの総本山ワット・ポーで行っているのは衣類をつけたままのもので、リゾートなどではオイルを使ったマッサージが主流のようだ。


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     あたしは上半身裸のオイルマッサージを眺めているわけにゆかずテラスに出た。こんなとき男はどうしようもない。

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     小鳥の声が絶え間なく聞こえ、芝生には様々な種類が飛んできている。
     いちおうパソコンを開いたが周囲の風景に気をとられて逆に集中できない。
     
     そうこうしているうちに傍らに猫がやってきた。
     どこかの飼い猫とみえ人間になれている。
     このホテルはペット禁止だから近所の猫だろう。
    「おまえこんなところにいると2000バーツの罰金だよ」
     言ったところでどうしようもないが、こんなときも無理やりタイ語を話そうとする自分に気づく。

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     指先で遊んでいるとき、とつぜん猫が身構えた。
     すぐそばの生け垣に小鳥がとまったのだ。
     なにをするかと思えば猫君は生け垣に向かってジャンプしたのだった。
     もちろんそんな彼に捕まるような鳥ではない。
     そのあと哀れ猫君、ギュウともギャァともつかぬ声を出して生け垣の中に落ちていった。

     気持ちは分かるが、バカだなぁ。
     ひとりで笑った。

     この猫君。
     マッサージの女性の話では近所の飼い猫で、いつもホテルへやってきては客の外人たちと遊んでいるという。
     どうりで人になれているはずだ。

     この猫君。午後になると、向かいのコテージのテラスにいた。
     白人夫婦と小さな男の子が二人。
     なかの小さい子供が猫と遊んでいるようだった。
     これも突然だった。
     子供が大声を出して泣き叫び始めた。
     父親が出てきた。
    「どうしたの?」
    「フィンガーを噛まれたって」
     パパは笑っている。
     あたしもつられて笑いながら、
    「大丈夫だ、あの猫はホームレスじゃないから」

     大泣きする男の子に気圧されたのか驚いたのか、いつの間にか猫君の姿はなかった。







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    アユタヤ寺巡り WAT NA PHRA MEN (วัดหน้าพระเมรุ)

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /18 2019


     アユタヤ遺跡群の外に位置するお寺をもうひとつご紹介します。

     今月になって3日間掲載したアユタヤ遺跡群より南にあるワット・プッタイサワン、そして今日は北に位置するお寺ワット・ナープラメーン(WAT NA PHRA MEN)(วัดหน้าพระเมรุ)です。



    アユタヤ マップ map 02

    01 Wat_NaPhraMen2

    02 Wat_NaPhraMen6
     


     どうしてここかというさしたる理由はないのですが現タイ首相もお参りに来るという有名寺なのです。
     地図上の中央部にはほとんどのツアーが行きますので、また機会をみて象さんなどに乗れるエリアを掲載しましょう。


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    本堂への入り口が左右にあります

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    本堂右奥のお堂です。ここにも坊さんが座っています
    タンブンができ坊さんがお経を唱え水をかけてくれます
    あたくしは坊さんのスマホの着音が気になりました
    仕事中はマナーモードにしておけよ


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    タイスキはダイスキ

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /17 2019


     タイスキ
     タイでおなじみの鍋です。
     簡単に言うと日本の水炊きといってよいと思います。
     タイの人々は一般的にこれを【スキ】と呼んでいますが、おそらく、おそらくですが、いつものことで調べてはいませんが日本のスキヤキからきているものだと考えています。

     今日は家で作ります。
     あたくしはウロウロしながら何もしません。タイ料理を作るときは妻の見せ場ですから邪魔をしてはいけないのです。
     あと自分のお仕事は、しっかり食べて「おいしい、おいしい」と言うことだけです。

     今日の材料
     豚肉スライス・サイコロ状の厚揚げ・ルクシン(今日はチキンのすり身団子)・カニカマ(先日バンコクのインポートスーパーで買ってきたもの)・ウンセン(はるさめ)・グリーンの細麺(米粉の麺)
     野菜は白菜・空心菜そして大根、ニンジンなどを少し
     あとはキノコや豆腐など鍋で美味しいものはなんでも 


     空心菜タイ語ではパクブンです
    タイスキ (1)

    野菜はこんな感じ
    タイスキ (2)

    タイスキ (3)

    タイスキ (5)

    見えるでしょうかコンロにもこのような表示が
    スキとシャブと書いています。シャブは悪い薬ではなく
    シャブシャブのことです
    もうタイでは普通の料理用語です
    タイスキ (6)

    タイスキ (7)

    味の素のスープの素を使います
    これはちょっとした料理に万能
    タイスキ (8)

    タイスキ (10)

    タイスキ (9)

    ピリ辛のソースと下は刻んだニンニク
    あとはお好みで熱いスープで辛さなどを調節します
    あたくしはこのままで十分美味しいです

    タイスキ (11)



    タイスキ (12)


     何処もおなじ、鍋は簡単で美味しいです。


     ・・・スコータイの旅はどうなったの?










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    お前は何者だ

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /16 2019


     本日はスコータイの旅は休止です。



      すっかり真夏のタイ。住まいの近辺では38℃ということもめずらしくなくなった。もちろん屋外気温ではあるけれども表に出ると焼けるように暑いことはたしか。

     ある日の夕方だった。
     妻は5時前には帰宅する。 

     昼間もそうだがあたし一人のときはほとんどドアをロックしない。厳重にセキュリティが警備しているので不審者が入り込むすきがない。あくまでも警備員が信用できればの話ではありますが。

     廊下のずっと先からにぎやかな声がドアを通して聞こえてきた。静かな環境だけに遠くの話し声もよくとおる。

     そしてドアが勢いよく開いた。
     真っ黒な頭巾か、覆面か、丸っこい物体が部屋に入り込んできた。
     パソコンをにらんでいたあたしは不意をつかれた格好になり慌てて椅子から立ち上がった。

     誰だお前は!!
     言いたかったが言葉が出なかった。
     ただ身構えただけだった。

    「ただいま、私よ」
     そう言われても、目だけじゃ信用できない。
    「誰だお前は。テロリストか?」
    「あはは」
    「それともアユタヤの百姓か」
    「あはは」

     夕方、マーケットを歩くのに暑くて日焼けもするから買ったという。

     大笑いする声に仲間の二人がドアの前に来た。
     
     なんだこいつらは。
     ふたりともマスクこそしていないが同じ黒い帽子をかぶって、それに彼女たちは大柄なので迫力もある。魔女のボディガードにはピッタリだが、見方によればマカロニウエスタンのガンマンのようでもある。
     写真を撮ると言ったら、あなたは何を書くかわからないからイヤだと逃げられた。

    「帽子だけならまだしもそんなマスクではおかしいだろ。みんな笑うだろう」
    「大丈夫よ。アユタヤでは誰も笑わない。ここは田舎だから、バンコクとはちがうのよ」
    「まるでムスリムの女性だな。暑くないのか」
    「それがサバイ、サバ~イなのよ。お肌を守らなくてはね」

     で、こんなことになった。
     目だけなら可愛く見えるから部屋でもその恰好でいなさいと言って叱られた。





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    追記
     本日の記事はニュージーランドにおけるテロおよび実在する政治・宗教団体などの事案とは一切関係ありません。
     掲載日はあらかじめ予定されていたものです。




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    スコータイの旅 遺跡公園にて②

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /14 2019
     

     感慨にふけってばかりいても仕方がない。
     今日は写真をメインにしましょう。

     夕陽とスコータイ遺跡です

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     振り向かないで~
     ふりむかないでぇ~
     スコータイのひとぉ~♪


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     あらら、気づかれてしまった
    「あなた、また私を売るつもり?」
    「何を言ってるんですか。女衒じゃるまいし」

     ・・・あと10歳若ければ買い手も・・・

     
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    スコータイの旅 ふたたびの遺跡公園にて①

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /13 2019



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    チケット売り場
     


     おもしろいおかみさんのレストランから真っすぐ走れば突き当りが遺跡公園。

     チケットを買って自転車で乗り入れ。

     何年ぶりだろう、もう20年近く前になるか、車でタイ縦断の旅の途中だった。

     あの頃は若かったなとゆっくり自転車をこぎながら思う。
     若かったけれども心は疲労していた。自身を癒す旅でもあった。けれども日本に残している母のことがしこりのようにおもかった。
     いつまでも妹だけに介護をまかせておくわけにゆかない。分かっていながら自身は風来坊のように異国をさまよっている。現実から逃避しているような後ろめたさがつねにあった。

     だからというわけではないだろうが、あの日のスコータイ遺跡はただ絵葉書のようにほんの一部分だけが切り取られて記憶に残っているだけだった。ただ見てまわった、それだけだったのかもしれない。

    「そこへ自転車、置こうよ」
     背後から妻の声。


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     遺跡公園最大の寺院遺跡【ワット・マハタート】
     城壁の中で最大の寺院であっただけに、王宮は隣接していたものと推測されている。
     それまではクメール族の支配下にあった地域であり、この場所でタイ族初の王朝が出現した。従って遺跡群にはクメール様式の建造物が多く残されている。

    (クメール様式とタイ様式の相違などについては興味のある方は調べていただければと思う。ここでは学術的な事柄はできるだけ書かない。学者でもないあたくしがあちこちの資料を引っ張ってきて物知り顔で書いたところでたかが知れている。カンボジアのアンコールワットに代表されるように石への彫刻などにその特徴が残されている)

     マハタートの看板の前に自転車を停めて中へ入った。
     夕日が遠くの山に落ちてゆく時間はもうすぐ。

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     いつものことだが遺跡に足を踏み入れたときから気持ちはもう数百年の時空をさかのぼっている。
     
     タイ族はじめての王朝スコータイ。
     13世紀〈1240年ごろ〉- 1438年)というから日本の鎌倉時代から室町時代のころだろうか。
     この地も戦乱に明け暮れたときがあった。その一方で今につづく知識、芸術、文化などの基礎が築かれていった時代でもあった。
     
     知らぬ間に無口になる。
     妻もなにかを感じているようだ。黙って写真を撮りあちこちを探索している。

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     遠くから妻の写真を撮った。
     撮りながら思った。
     この満たされた思いはなんだろう。これが幸せというものだろう。
     遺跡に立っていることもありながら、何にもまして妻の存在の確かな大きさ、相手を思いやる純粋な精神が己の心にあたたかい灯をともしていることにあらためて気づく。

     生きていてよかったと思える瞬間。このような時間が我が身にくるであろうなどとついぞ考えもしなかったあの日。
     不意をつかれたような感慨にただ茫然と立ち尽くす。
     まもなく陽が落ちる。
     夕陽に照らされた遺跡群がまぶしい。



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    【この項明日へ】




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    風にふかれてスコータイ 食堂のおかみさん

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /12 2019


     スコータイ旧市街の通りにはたくさんのレストランというより食堂が並んでいる。が、どれも似たようなメニューで、これはというものがない。
     よくよく考えてみるとスコータイに来たからといって特別な食べ物があるわけでもない。
     あえていうならばおなじみのタイ・ヌードル、クイテオというもので、これだけは各地方によって特色があるようだ。
     これについてはまた田舎道の食堂で食べたのでいずれその話もします。

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     さてさて昨日のつづき、レストラン・イム・プレエ(おなかいっぱぁい)。
     おかみさんが気さくで話しやすいこともあって町へ出るたび寄ることになった。

     前回、喉が渇いてビールを注文するとアルコール類は置いてなかった。
     しかしのんびりしているようで商売のことも考えているらしくその次に寄ったとき、さて何を食べようかとメニューをながめていると、
    「ビール買ってきたわよ、ビヤ・チャーンね(象さんビール)」
     冷蔵庫を開けてみせた。
     ビヤチャーンが数本並んでいた。

    「わかった。まだ早いから町をウロウロしてご飯を食べるときにね」
     とりあえずスイカのシェイクを注文した。これがなんともいえず美味しいのだ。
     料理をしないおかみさんが飲み物の担当で表でミキサーを回す。

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    「スコータイでなにか名物とかお土産にいいものがないですか」
     妻が聞く。
     どこに行ってもそうだが必ずお土産物を気にする。オフィスの連中が楽しみに待っている。あたしには悪い習慣に思えてしかたがない。

     どこへ行ってもお土産を義務のように探すのは日本人とよく似ている。いつも思うことだが、このあたりが同じアジア人なのだ。

     ただタイ人には餞別のような習慣はないようだ。いまだかつて聞いたことがない。

     とはいえ昔の日本のように、ちょっと旅にと言えば誰かが餞別を出す、逆にこれは面倒なことだろうと想像する。いつも、お土産を買わなくてはと気になって旅のだいご味が半減するような気がする。しかし人によってはあたしのようなめんどくさがりばかりではなく、旅に出てお土産を物色するのが楽しいという方もいることだろう。

    「スコータイにはなんにもないわよ。あるのは遺跡だけ」
    「ほんと?」
    「ほんとよ。スコータイ生まれの私が言うのだから」
    「ママはここで生まれたの?」
    「そうよ。ここで生まれてここで育ったの」
     世が世なら王家の末裔だったかもしれない。
     今度はあたし、
    「じゃあなたのルーツもここ?」
     妻がタイ語に訳す。
     あたしは、聞くのはなんとか理解できるが難しい話になると英語の方が早い。
    「そうよおじいさんの代、そのずっと前からね。詳しいことは知らないけど」
     アハハと口を開けて笑う。

    「ハズバンドは歴史に興味があってスコータイに来たのよ」
    「へーぇ。私はここで生まれたけれど詳しい歴史なんか知らないわ。インターネットを見た方が早いわよ、アハハ」

     しゃべっていると白人の女性グループが入ってきた。
     メニューを見ながら何かオーダーしようとしている。
     おかみさんには通じにくいらしい。
    「ねぇちょっと来てよ」
     妻が呼ばれた。
     魔女通訳の話によれば、なにかのアレルギーでナンプラーとか大豆系の調味料などを使わないでほしいということだった。

    「いつもこうなのよ、助かったわありがとう。お金の勘定だけは英語で話せるのだけど」
     度胸だけで外国人が多い町で商売しているのだ、たいしたものだ。これがタイだ。どこへ行ってもタイなのだ。

     そうこうしているうちに、また外人女性の二人連れが表側の席に座った。
     ビールがあるかと聞かれたらしい。
     ビヤ・チャーンを引っ提げて、
    「60バーツ、Okay?」
     相手は納得した。
     するとおかみさん、なにをするかと思えば、わたしたちの方に向かって親指を立てウインクしたのだった。

    「オーイ、あたしのビールも売られるのかな。でもあれだな、あたしがビールと言ったから買ってきておいてよかったじゃないか」
     見ているだけでおかしくてしばらく座り込んでしまった。

     最後の日。
     わたしたちはお店に顔を出した。
    「こんどいつくる?」
     ひっくり返りそうになった。
    「また来るのかよ」
     すると妻が、
    「そうねまた来るわ。覚えておいてね」
    「忘れないわよ。これでも記憶だけはしっかりしているのよ、アハハ」
     
     また行くかもしれない。
     そしてまたあの店で騒ぐことになるのだろう。

     スコータイ・オールドシティ
     レストラン・イム・プレエ(おなかいっぱぁい)
     楽しいおかみさんだった。


      
     
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    風にふかれてスコータイ テンネン妻と自転車で

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /11 2019

     スコータイの旅は3月4日を最後にしてアユタヤに飛んでしまったので、そろそろ再開しましょう。

     というのも魔女の手紙ブログがスコータイを書いているのだがなかなか前に進まず、ちい公ブログだけがどんどん書いてしまっては、ほんとのネタバレみたいになってしまうのでしばらく控えていました。

     魔女ブログもようやく追いついてきたようなので、お話は彼女の先導で自転車で出かけたあたりからです。

     ホテルでもらったマップを見ていた妻の誘導で出かけ、それがまったくの逆方向だった。
     とはいえそれが幸いしたのか、予定になかった寺院遺跡も見ることができた。災い転じて福となすとはこういうことをいうのでしょうか。

     スコータイ・オールドシティあるいは旧市街とも訳されている遺跡地区ですが、前回も書いたように遺跡がなければただの田舎の村。
     メインのスコータイ市はここから20キロほど戻ったところにある。

     スコータイ・オールドシティ
     数百メートルも走ればつきあたりに遺跡公園があってそこまでの道沿いには食堂と安宿が並んでいる。

     通りに出てきた我々ですが、お腹もすいたし、まずどこかへ入ってみようということで小さいけれども清潔そうな店へ入ることにした。
     おもてに果物などが並んでいて、もしかしたら大好きなかき氷があるかもしれないと思った。

     タイ語で【イム・プレエ】という名の店。
     これは友達同士などで使うことばで「おなかいっぱぁい」というような意味になります。
     ふざけたような名前ですがここのおかみさんが、これまたユニークな人だった。

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     なにか食べようと思ったがその前にかなりのどが渇いていたのでドリンクを注文することにした。

     ビールをと言うと、置いてないという。レストランのメニューがちゃんとあるのにアルコール類がないとはおもしろい店だ。
     おかみさんが言う、
    「そこにセブンがあるから買ってきてよ。なんなら私が行ってくるわよ」
     時間をみた。まだ5時前だ。セブンなどでは5時をすぎないとアルコールは売らない。これは国の決まりだ。

    「ダメだよ、まだ5時になってないよ」
     期待したかき氷もない。
     仕方ないのでスイカのシェイクを頼んだ。
     しかしこれは正解だった。美味しかった。

     たしかこの時なにかを食べたはずだがよく覚えていない。
     はっきり記憶しているのはこのおかみさんの言葉だ。
    「なにがおすすめ、この店は」
     メニューを見ながら妻が尋ねた。
    「なんでも美味しいわよ、全部おすすめよ」
    「ギャハハ」
    「といっても私が作るわけじゃないから」
    「コックさんがいるの?」
    「そうよ。わたしは料理がキライなの」
    「なのにどうしてこんな店をやろうと思ったの?」
     おもしろそうだとあたしの直感。
    「毎日たいくつだから。子供たちも大きくなったし亭主は昼間はいないしね。店を開けていれば誰かが来てくれるでしょ、そしたら話ができるから」
     なんともお気楽なおかみさんのようだ。

     妻が小声で、
    「そんなんだからお客さんもいなのね」
    「アハハ、まだ時間が早いからだろ」
     するとおかみさんが、
    「なになに、英語はわからないわ」
    「なんでもないよ。きれいなお店とママさんだねって、アハハ」

     こんなことがあって、わたしたちは町をウロウロするたびにこの店に寄ることになるのだが、この続きは明日です。


     
     
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    パワースポットのサイシン

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    03 /10 2019


     先日書いたお寺で巻いてもらったサイシン。
     おそらく切れてしまうまでつけていることになるだろう。お守りみたいなものと理解していただきたい。
     なんの変哲もない白い糸、ときには色付きの糸の場合もある。

     しかし、あたくしが、このお寺
     ワット・プッタイサワン( Wat Putthai Sawan)をパワースポットと言うにはそれなりの理由がある。

     いちおう言っておきますが、タイに住むようになってはや20年が経過。様々なお寺で同じようなタンブンをしたりサイシンをいただいたりしましたが、あたくしが感じるそのパワーは最高であると言えます。

     これついてはいずれ書く機会もあるでしょうが、おそらく信じられないと言われるに違いなく、いま書くとアユタヤなどの観光協会の回し者みたいになってしまうのもどうかと考えました。

     これを読んでくださっているあなたが、もしいちど行ってみようとお考えなら、それはおおいにおすすめするお寺ではあります、とだけ申し上げておきましょう。

     あとはタンブンをしてサイシンをもらってください。



     
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    この動画は本文とはほとんど関係ありません
    チャオプラヤーの畔にあるレストランから撮ったものです








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    ちい公

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    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い