アジアの風をいっぱいに受け 雲のように日々を・・・・
名古屋駅を出た電車は東へ向かっている。
愛知県東部といえば長年の懸案事項として棚上げになっている我がルーツ探訪の目的地でもあるのだが今回は時間的に無理。
今日この後の予定はあたしの希望でもある知立神社参拝。
どうして知立神社なのかと問われると答えに窮する。
あえて理由を言えば、我が遠き祖先にして歴史にも名を遺す近在の武将もここに参拝したに違いないという思い。
もうひとつはドラマ水戸黄門で知立神社の名前が二度も使われていること。大長編ドラマなので黄門様は演者が代わりながら何度も東海道を往来している。この地に立ち寄ったとしてもなんら不思議ではない。
高橋元太郎氏扮するうっかり八兵衛が黄門様に話しているシーン、
「この神社はまむし除けに効くということでよく知られているんですよ」
だが記録によればこの地で撮影は行われていなく、京都地方のさる神社が使われている。
黄門様の話そのものがフィクションで、脚本を書いた作家グループが東海道の名社である知立神社を舞台として挿入したものだろう。
というようなわけで以前から興味をもっていたところ、ママとっとちゃんそしてお隣の町のさくらさんが知立神社に行こうと思えば行ける地域にお住まいだということがわかったのだ。
世の中は広いようで狭いとよく言われる。
お二人同士はこれまで面識もなかった。偶然がまるで奇跡のような出会いを生むことになった。
電車は東へ走っている。
停まった駅をなにげなしに眺めていて驚いた。
金山という駅名になつかしさが込み上げてきた。
・・・金山だ。
しかし東海道線のこの金山ではなくJRの駅名では高山本線飛騨金山駅。
現在の地名では下呂市金山町というらしい。
青い時代の記憶があふれんばかりに詰まった町。もう何十年も訪れていない。
あたくしのかつての時代、どこかで使った話の舞台になった町。
【トンネルを抜けると小さく飛騨金山駅が見えてきた】
冬ではなく雪もなかった。本当に見たままの景色を書き出しに使ったのだが、まるで雪国パクリのようで直さざるを得なかった笑い話のような記憶。
こちらは東海道線の金山駅。
目的の知立神社に近い駅はもうすこし先のようだ。
電車のスピードが上がった。 To Be Continued
今日もよくお越しくださいました
ありがとうございます
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宮の渡し跡公園から歩いて蓬莱軒へ戻る。
予約の11時までまだ少し。
歩きながらみんなは花の話題で盛り上がっている。
「この花はね、○○とおなじように見えますけど名前は違いますよ。ほれこの花のサイズがすこし違うでしょ」
説明しているのはことぶきタカ君。
彼は驚くほど花に詳しい。道を歩いていて見かけるような花は、栽培あるいは自生いずれかを問わず、質問すればほとんどを答えてくれる。
そういう彼なのでブログには花の写真が多い。ネタ不足を埋めるために花の写真を撮ってるのかと思っていた。が、じつはそうでもなかった。
写真と花、これらに彼が親しみを覚えるようになったのは育った環境にルーツがあった。
彼の生まれ育った地では、お母さんがいつもたくさんの花を育てていたという。物心ついたときから花に囲まれていたのだろう。花が豊富にある生活が少年にはごく当たり前で、それがより知識を深める一助となったことは否めない。
またそれらを記録するための写真について、これは彼の父親が大きく影響している。
父親は趣味で写真を撮っていた。自宅に小さな現像場所をしつらえるほどだったから、そんな父親をみて幼心にカメラへの興味が芽生えたのはごく自然のことだといえる。
カメラについては、どうしてかあたしも小学校入学前から興味があった。身内の誰かがカメラを持っていたわけではない。どこでどんな影響を受けたのかわからないが、ただカメラがほしかった。
いくつの頃だろう。6歳か7歳くらいだったろうか。
母に連れられた町でカメラ屋、写真店といったほうがよいのか、そこでウィンドウに飾られているカメラを見た。それほど大きなものではなく自分のような子供でも扱えそうなコンパクトなカメラだった。それでもすごい宝物のようにも思えたが、しかし価格についてはまったくわかっていなかった。
「あれ、ほしい」
いつもは大人しい子供で、みんなにお利口さんと言われるのが当然のような子供だった。
だがこのときはカメラのショーウィンドウの前から動かなかった。
たしか母が、ダメ、あれは大人用のカメラだから、そんなことを言った。
ほしいのに買ってもらえない。悲しくて涙があふれた。
午前中の太陽の光でカメラが浮かびあがり輝いていた。
記憶はそれだけしかない。
後年、母が大人になったあたしを見て時々口にした思い出話、そのなかにこの時の話題が必ず出てきた。
「あなたはいつも高いものをほしがったね。カメラのときはほんとにしつこかった。とても子供に買ってやれるようなものではなかったのに、あなたはお店の前から動かなかったのよ」
けれども母は後にカメラを買ってくれた。
町の店で泣いてぐずった頃から何年か後、小学校の高学年になっていた。けっして高いものではなかったろうが、それでもフィルムを入れて撮影するとちゃんと写った。
町の写真屋から届いたモノクロ写真を見ながらいっぱしのカメラマンになったような誇らしい気分にひたったものだ。
今日、一緒に歩く女性二人もことぶきタカ君同様、花に詳しいようだ。
チューリップやアサガオ、ヒマワリくらいしか名前の出てこないあたしに言わせると、花に詳しいというのはその方の心の余裕を表すバロメーターでもあるのだ。
三人が話す花の内容はあたしにはほとんど理解できない。
だからなのか花を撮ってみましょうとは思わない。これは心が貧しいのかもしれない、余裕がないのだ。
三人さまと違って目下のあたしの心配は、これからひつまぶしの店に入って、さあ全部美味しく食べられるかな、そんなことだった。新幹線で弁当を食べてから2時間も経っていないのだから。 To Be Continued
今日もありがとうございました
お忘れ物のありませんように
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新幹線はどえりゃあ早い。
あっという間に名古屋に着いちまっただぎゃ。
ここでさくらさんが待っていてくれるらしい。
さくらさん、という名には不思議な親近感を覚える。というのもあたしの妹がさくらという名でむかしはよく登場した。
今日もう一人会う予定のヒツジのとっとちゃんはどこかのレストランの順番取りに朝早くから行ってくれているらしい。
そうだ、さくらさんに会う前にこの順番取りの話を書いておこう。
とっとちゃんがはるばるやってくる私たちのためにランチの場所を取ってくれるという。それも電話などの予約ではなく現地へ行って朝から並ぶ必要があるらしい。とくに今回は休日なので混雑が予想されるという。
受付が10時半で実際に入れるのは11時からというのは、なんだか昼飯ごときにたいそうな話に聞こえた。
店の名前は蓬莱軒。
名前を聞いてよけいにそう思った。
・・・たかが中華を食うのにお高くとまった店じゃないか。ラーメンや酢豚くらいどこにでもあるだろう。
「わたしのオフ会はここから始まるのです!」
怒り調でメールがきた。
その店についてはすぐにわかるのだが、その前にあたしは思っていた、なんと大仰な話ではないか、尾張名古屋はちと変わったところじゃのう。
みんなヒマで、ひまつぶしにひつまぶしの店に並ぶのじゃの、などと口が裂けても言ってはならない。
元祖ひつまぶしの店としてつとに有名で、知らないと日本人ではない、くらいの勢いで怒られることになる哀れなちい公。


さて時を戻そう。
名古屋駅でさくらさんを遠目にながめた。
すらりとしたなかなかの美形とみた。さすが、さくらは日本の花、寅さんの妹からはじまって、ちい公の妹、そして名古屋、いずこでもなかなかでござる。
だがこの時期、必需品のマスクでほとんど隠れているご尊顔、幸か不幸か詳しいことは書けないのでおじゃる。
三人は駅前からタクシーに乗った。
熱田方面へ向かうのだが本日はここまで。
また明日でございます。 To be continued
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