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    迎え火のころ 母を想う

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    08 /17 2017


      ยินดีต้อนรับสู่ Blog ของฉัน [ไดอารี่เกี่ยวกับเมืองไทย โดย Mr.Chiikou]
      ようこそいらっしゃいませ、ありがとうございます


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     この季節になると当たり前のようにすでに旅立った親族を想う。
     親族といってもちかしいものは数少なく物心ついてから他界したものは事実上の父親そして母、ある時期ともに暮らすことになった義父、母の姉であった伯母くらいのものであろう。
     もちろん親戚筋を言いだすとかぎりはない。

     この時期にかかわらず常に思い出すのはやはり母親だろう。

     義父との生活に終止符を打った後、ながく独りで子供たちを育ててくれた人だけに、いまだに感謝の念は深いともいえる。

     母のことを書きはじめると枚挙にいとまがないほど様々な思い出が刻まれている。

     今日はひとつだけ。

     物心ついて間もないころ、何歳だったろうか、狭隘な山里に暮らしていた時代。
     表の防風林の木々が北風に激しくゆれていた朝だった。

     板の間に正座した男の子はひたすら一から十までを数えようとしていた。
     ちゃぶ台に置かれているのは算盤を縦にしたような子供のおもちゃ。丸い球が何個か並んでいる、数の勉強用だった。

     男の子はかじかむ指で数える。
    「いち。に、さん・・・」
     だがどうしても十にとどかない。

     ピシっ !!
     手にとんできたのは竹の物差し。

     間違うたびに母は黙って物差しを打ちおろした。
     
     彼はおなじことを何度も繰り返すしかなかった。
     目が涙でくもった。
     手の甲の痛みより板の間の冷たさがなぜか恐怖だった。

     声をあげて泣きじゃくりはじめた息子に母はポツリと言った。
    「お前にはがんばって勉強してもらわないと私は世間様に顔向けできないのよ。お前を産んだのは私なんだから」

     あの朝、あのときの母の言葉をいまも鮮明に憶えている。

     父親のいない息子の将来を、なんとしてでも切り開かねばという強い意思のあらわれだった、と彼は信じたまま生きている。


     

    コメント

    非公開コメント

    ご立派な お母様ですね。
    しっかり 受け継いでられると思います。

    Re: ごんのすけ  様

    お読みいただきありがとうございます。
    立派かどうかは別にして
    懸命に日々を生きた人だと
    いまはそう言えるようになりました。


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    ちい公

    ようこそ! 
    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い