
用があってひと駅先の商店街まで出かけた。
運動がてらにあるく。
冬服では汗ばむほどの陽気。
商店街までの途中には大きな総合病院があった。付属の老人保健施設はいまも残っている。
またその近くにはもうひとつ経営母体の違う老人保健施設がある。
これら二つの施設のいずれにも母はお世話になった。
環境を変えることと、いつも世話をしている妹の気分転換の意味もあった。
老人ホームではないからもちろん1,2週間の短期滞在だったがそれでも家族としては他所に預けているということで不憫に思い、時間をみてはせっせと会いに行った。
母はいつも満面の笑顔で迎えてくれた。
そしてすぐ言うことは、
「ちい公ちゃんタバコ吸いたいよ」
「そうか、それじゃ表へ行こうか」
記憶をたどると母は老年になってからタバコを覚えた。
あの頃はあたしもスモーカーだった。
車いすを押して建物の玄関脇の喫煙所に行く。
タバコを吸いペットボトルのお茶を飲みながらとりとめのない話をした。
たしかあの頃でもう90歳になっていたと思うが頭脳はしっかりしており冗談も通じた。
これら二つの保健施設を通ると母が滞在していた部屋の窓が見える。いまでもあの部屋に母がいるような、そして今日は会いにやってきたような不思議な錯覚に陥る。
なんども入院したそしてそのたびに、これで最後かもしれないと覚悟を決めた総合病院。いまは移転して跡地だけが残る。
春のやわらかい風を感じながらただ母のことだけを思い出していた日。