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    ああ夏休み ② 通知表

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    07 /23 2018


    ああ夏休み ② 通知表

     
     通知表はそれぞれの学期で出されるたので夏休みだけが特別というわけではないが、こんなトピックでもない限り機会もないだろうから忘れないうちに書いておこう。

     あたしの時代は1学年から6学年まですべて5段階方式だった。5が最高で3が普通というような見方だった。

     終業式の日に順番にもらうのだが、内容についてとりたてて心配することはなかった。なぜなら小学校の時代はまだ神童だったのでテストの成績でどのくらいの評価がつくか想像できていた。
     
     たいていの学期で通知表の評価は体育と図工が4、そしてあとは例外なく5だった。学年によってはたまに図工が3のときもあったくらいで、あとは予定通りという冷め方であった。
     
     ある意味、お坊ちゃまは早熟な悪ガキでもあった。
     好きでもない教科の時は腹や頭が痛いと言って保健室で昼寝をした。授業が終わるまで寝ていて担任のバイクで送ってもらう、そんなことが少なくなかった。
     学校から歩けば1時間はかかる距離、バイクなら10分ほどで帰宅できた。
     こんな悪ガキでも6年間の皆勤賞だった。まさしく神技。

     通知表。
     忘れられないのは3学年の夏休み。
     担任は町から来た女性教師だった。夫婦で着任し、たしかご主人は中学校の先生だったと思う。
     その時の通知表が人生で後にも先にも一度きりのいわゆるオール5だった。体育や図工までもが5だったのはあのときだけだ。

     毎学期末の通知表を本人より誰より待っていたのは母だった。
     通知表を受け取った母はざっとみていつもおなじだが特別にほめるわけでもなく、体育や図工が3や4である理由を問いただすわけでもなかった。
     母親はただ通知表を神棚に供え、そして言った、
    「神様や八幡様にお礼を言っときなさい。お前を守ってくれてるのだからね」

     思うに、宗教宗派を問わず神仏にたいし手を合せこうべを垂れるという習性はこのころに培われたものだろう。

     大自然に囲われた里には至るところに神が宿りそのいずれもが人々の生活に深くかかわりを持っていた。

     道端にある小さな祠は庚申さまであり、家内になにか失せ物が出た場合には庚申様をワラで縛っておくとありかを告げてくれると信じられていた。

     似たような祠が里のあちこちに点在し、いまでも目を閉じると、自宅から小学校までの道沿い、どこに祠があったか思い出すことができる。

     また、深い渓谷の向かいの山肌、おおきく平たい岩が露出している場所、それは天狗岩と呼ばれ、今も天狗が棲み里の生活を見守っているのだと教えられた。

     ああ夏休み
     毎日の楽しい記憶
     いまだそこまでたどりつかず
     ああ夏休み



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    ちい公

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    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い