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    こんな日あんな日 水の話

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    01 /10 2019


     たまには日々の出来事をメモ代わりに書いておこうと思った。

     けれどこんな片田舎でそれほど変わったことが起きるわけでもない。だいたい歩いて行ける場所がない。館内と周辺を歩くのが関の山だ。

     歩いて行ける店といえばレジデンスの一階にぽつんと設けられた売店だけ。将来的にはコンビニになるという話もあるが将来っていつかな、もしかしたらそれは遠い未来の希望だろう。

     まあ愚痴を言ってもはじまらない。
     ある一日の話をしよう。
     朝がくる。タイにもアユタヤの田舎にも朝がくる。日本には2時間遅れだがそれでも朝はくる。

     最近は奥ちゃまにブツブツ言われて起きるのを遅くした。
     夜中の2時ごろには起きてゴソゴソとゴキブリと争っていたのだが、亭主がキッチン辺りでうろついていると気になるらしい。

     それで平日は二人とも4時40分起床。
     バンコクでは、妻は4時には起きていたから最寄り駅まで歩かない分だけ楽になったのだ。

     朝はコーヒーだけだったが、最近は野菜不足を補うためかライムを絞りハチミツを混ぜた温かい飲み物を先に飲まされる。
     詳しいことは分からないが体には良さそうなのでだまって飲む。

     午前6時前になると向かいと隣の姉妹分たちがドアを開けて出てくる。廊下で魔女姉さんを待つ。
     この光景がどうもおかしくて高校の部活動を連想させる。これで「オス!」などと挨拶すれば古いところで《サインはV》ではないか。

     あたしも時々は廊下まで出てみんなに『行ってらっしゃい』を言うことにしている。まるきり女子寮のおじさんだがこれも悪くはない。

     静かになったところでお昼までは仕事。

     この日は一週間に一度の水の配達日。1階にいるセキュリティが水が来たことを妻に電話してくれ、連絡を受けた旦那が水を運びに降りてゆくことになる。
     なんせ数百世帯になったレジデンスで水を配達してもらっているのはうちだけなのだ。日本人は贅沢だと思われはしないかと余計なことが気になったりする。

     水は貴重で、選択にも慎重を期す必要がある。
     飲み水は無論だが煮沸して使うにもやはり一般の水道は信頼できない。なにか臭いが残っているような気がしてならない。
     バンコクのときと同じブランドSPRINKLEの配達エリアだったことが幸いした。ここでも同じものをオーダーしている。
     
     1階の受付で預かってくれたボトルを部屋まで運ぶにはカートを使うが3本になると一度では無理。

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     妻も水には神経質になっている。
     コンビニなどでは有名メーカーの様々な水を売っているが、そのいずれも美味しくないという。なにか違うらしい。

     もちろんレジデンスでも備え付けの浄水器があって安く水を販売している。タイの街角でどこでも見かける水販売機だ。
     これも内部の浄化システムが信用できない。水道の水を何かに通しているだけで、これをそのまま飲めといわれても我が家では無理だ。

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     いま買っているSPRINKLEだがタイではそこそこのメーカーで信頼できるらしい。
     残念ながらここの住民たちは誰も同じ水を取っていない。みんな浄水器の安い水を飲んでいるということなのだろう。

     今日明日にはなんの差もないだろうが長いスパンで見ると体のほとんどを構成している水は大切で重要だといえる。

     ずいぶん昔の話になるが、タイのテレビニュースでいい加減な水工場の映像が流れた。そこでは水道につながれたビニールホースで並べられたタンクに手作業で水を注入していた。
     当時、20年ちかくむかし、でもテレビで流されたくらいだからそんなことはけっしてあってはならないことだったと思われる。

     だがその映像を見てからというもの、どうも売られている水が信用できなくなってしまった。
     コーヒーやビールを製造している有名ブランドの水だといっても所詮は水商売ではないかと疑ってしまう。どんなところで水が浄化され詰められているのかしれたものではない。

     だがこんなことを言い出すと人里離れた山の湧き水のあるような場所でしか生活できなくなってしまう。

     水だけでなく何事につけても、人が生きてゆく過程には、食物における含有物ひとつとっても様々な問題が予測されるケースが特に最近は多くなっている。

     しかし何事であれ、飲んだり食べたりしないと生きてゆけないのだから、どこで折り合いをつけるかその見極めがとても大切になってきていると思うのだ。




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    ちい公

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    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い