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    青春回顧録 危うしちい公と妹 その②

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    07 /04 2019



     あの一見客の男を母ともどもまるきり信用したわけでもなかったが、もうひとつ彼が履いていた下駄がひとつの要因になったかもしれない。
     それは店から歩いて行ける距離にある少しは名の知れた老舗旅館の焼き印がついた下駄だった。泊ったのはよいが財布を失くしていることに気づくのが遅れたという話を信じない理由もなかったのだ。

     翌日、あたしたちは男から預かった郵便預金通帳をもって出かけた。

     買ったばかりの中古フロンテは快調に走り1時間ほどでその町へ着いた。町とは名ばかりの周囲は田圃ばかりの田舎だった。

    「うち行ってくるわ」
     妹は張り切って車を降りた。
     狭い路地のような場所に郵便局があって、車を停めておけずに少し離れた土手の上まで行って待つことにした。

     どのくらい時間が経っただろう。
     30分、いや1時間は待ったかもしれない。

     妹は戻ってこなかった。
     
     やがて一人の男が車のそばにやってきた。
     郵便局の者だと彼は言った。
     ちょっと来てほしい、預金を引き出すについて聞きたいことがあるという。

     身分証明書でも要るのかと言われるままついていった。

     小さな郵便局に入って、警官の姿を見てもまだ事態が理解できなかった。
     制服の警官は近くの駐在だという。
    「もうすぐ署から刑事も来るけど、その前に話を聞かせてほしい」

     すると近くにやってきた妹が、
    「あんちゃん、この通帳は盗まれたものだってよ。この人たちはみんなあたしのことを泥棒扱いするんだよ」
     怒って吐き捨てるように言った。
    「泥棒がのこのことお金を引き出しにやってくるか、考えてもわかりそうなものだよ」

     それでおおよそのことは察しがついた。

     あたしたちマヌケな兄妹は盗まれた通帳とも知らず考えもせずこんな田舎までやってきたのだ。

     それから所轄の刑事が数人やってきて、とりあえず家に行くことになった。家では母が待っているはずだ。

     妹は警察の車に乗せられ、兄貴のちい公は自分の車を運転したが隣には刑事がひとり座った。後々考えれば逃走を防ぐ意味においても妥当な手法だった。

     しかしいま思い出しても不思議なのだが、あのとき罪悪感も緊張感もなかった、もしかすると自分の心の中に、昨夜の男はどこかあやしいとすでに感じていたからかもしれないが、それならば盗品と疑いながら引き出しにやってきたことになるのだが、実際はそこまで疑りもせずこんな田舎までやってきたのが真相だ。マヌケと言われてもしようがない。

     だからこんなことが起きても取り立てて驚きはしなかったが、ただ思ったのは、昨夜の母の店の勘定は回収できないのかということだけだった。数千円といえど大切な売り上げなのだ。

     店の前に戻ってきた。
     母と別班の刑事らしき男たちが表に立っていた。
     彼らが声をかけあった。
    「違ったわ」
     つまりあたしたちが盗んだものではないということがわかったということだ。
     これに妹が即座に反応した。高校で女番長と呼ばれているだけのことはあると後に思ったのだが、
    「ママ!! この人たちは私を泥棒扱いしたんだよ! ちゃんと説明しているのにさ」

     すると今度は母が反応した。この家の女族はすこぶる強い。
     うちの子供たちを泥棒呼ばわりするとはどういうことだと母の怒りはしばらく続き、刑事たちは平身低頭で謝る羽目になった。
     このような状況では疑って当然なのだがそんな道理の通じる母親ではなかった。

     刑事たちは事情聴取のため彼らの署へ来てほしいと言ったが母は頑としてはねつけた。
    「あんたがたのようなへっぽこ刑事がいるところへうちの子供たちを行かすことはできません。聞きたいことがあるならここでやりなさい」

     結局、母の店が事情聴取の場所になり、後日、そこであたしたちの指紋も採取された。

     事件の概要。
     ある日、ある田舎。
     いまだもって多いのだが真昼間に鍵もかけずに留守にしていた家が空き巣にやられた。通帳、印鑑、そしてあの男が着ていた背広も同じ家から盗まれたものだった。通帳の名義と同じはずだ。

     そして後日談。
     2週間ほど後、あたしは不在だったが母が応対した。

     同じ所轄の刑事が面通しにやってきた。車の中からだった。
    「この男ですか」
     刑事の隣に座っていたのはあの夜の一見客。逮捕されたのだ。
    「そうよ、その男よ」
    「ママさん、すいません迷惑かけました」
     男はペコリと頭を下げた。
    「あんた、人をだますようなことをしないで真面目にやんなさいよ」

     アホらしくてそれ以上怒る気にもならなかったわ、と母は言った。

    そのまた後日談、現代。
     昨日の記事を呼んだ妹からメール。
    『今日の記事、おもしろかった。つづきが楽しみ』
     あたしは思わず笑った。
     続きが楽しみなんてどうなったか自分がいちばん分かっているはずなのに。
     それで返事を書いた、
    「なんならバカ妹が逮捕されたことにしようか、もっとおもしろくなる」
     すると、
    『な、なんちゅうことを、日本の妖怪が逮捕されたのではシャレにならんでしょ』

     何十年も前から進歩がないのはどっちもどっち。

     








    Milky CM vol.04









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    コメント

    非公開コメント

    おはようございます

    疑っていても
    どこかで信じてる・・・

    大変な思いをされたけど人間味を感じます。

    そして
    母は強し!

    No title

    そうだったんですかい!
    無銭飲食の前に泥棒まで。
    お母さんも兄妹も踏んだり蹴ったりですが
    お母さんは懐の深い人ですね。

    Re: つばさぐも 様

    ありがとうございます。
    いまになって思えば笑い話ですが
    まるで喜劇のように登場人物は
    みんなそれなりに真剣でした。

    Re: 雨スピ 様

    ありがとうございます。

    > お母さんは懐の深い人ですね。

    あとで思い出したのですが
    刑事が面通しにやってきたときあの男が
    「迷惑かけてすみませんでした。また寄らせてもらいます」
    そう言ったそうです。
    すると母は即座に
    「あんたみたいな人はもう来んといて」
    ・・・・(笑)

    ちい公

    ようこそ! 
    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い