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    ブサイク義経といたのかどうか弁慶

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    09 /22 2019


     タイにいる間に過去の大河ドラマでもみておきましょうとあれこれ探した。
     話としては子供のころからなじみの義経、NHK大河の分は観たかどうか記憶がなかったのでこれに決定。
     義経・滝沢秀明 弁慶・松平健 
     源頼朝・中井貴一 平清盛・渡哲也
     などなど、さすがNHK大河、女優陣もそうそうたる品ぞろえ。

     ヒマに飽かしてせっせと観ていた。
     筋はともかく構成がどうなのか、ここでこのセリフか、など、よけいないちゃもんをつけながらせっせと観ていた。

     そんなときのこと、


    力石に魅せられて 姫は今日も石探し


     ここでも何度かご紹介しているブログで三重県の博物館にブログが収蔵されるなど、学術的にもしっかりとした構成で、ちから石なるものを重点に歴史上の人物を登場させている。

     あたしにはけっこう勉強になるありがたいサイトなのだが、今回、石の話からこのような展開になった。

    記事タイトル
    べんけい石

    記事タイトル
    牛若丸と弁慶

    抜粋です・・・・

    で、肝心の弁慶はどうしていたかというと、
    藤原成一氏は著書「弁慶」(法蔵館 2002)にこう書いています。

    「平家物語や吾妻鏡には武蔵坊弁慶の名は出てくるものの
    わずかに義経従者の末尾に出てくるだけ。

    義経に従ったほかの勇者や剛の者の戦いぶりは書かれているが、
    弁慶の働きぶりは、平氏滅亡まで一度たりとも出てこない。

    同時代の公家の日記や史料にも
    義経の名は出てきても弁慶は一切出てこない」

    あれま! どうしましょ。
    見事な弁慶石は存在するのに、生身の弁慶はこのていたらく。
    ・・・・・


    記事タイトル
    兄さんに褒められたくて


    記事タイトル
    京へ帰りたーい!



     ということでこちらにマイクを頂きましょう。
     源義経のお話はなんといっても武蔵坊弁慶との熱い主従関係、悲運のヒーロー物語にあって力持ちの忠義者弁慶の話なくして物語は成立しない。

     あたしがまだ小学校へ入るかどうかの頃、読んだ本それが義経物語だった。
     皆様ご存知の義経と弁慶の物語、数十本いや数百本かの矢を射られながらそれでも仁王立ちのまま主義経を守った弁慶。

     物語は悲しい結末なのだが、それでも末尾に義経のその後として、実は大陸へ渡ったというような説も書かれていたりして、子供心に希望の灯を絶やすまいとするずるい編集者の意図のとおり、利発を絵に描いたようなちい公坊ちゃまは、義経はきっとチンギス・ハンになったのだと信じようとしたのだった。

     そんな時代を思い返しながらNHK大河を観ていたとき、先ほど書いたちから姫さまの記事を読んでしまったのだ。

     興味のある方はぜひお読みいただきたいが、ちから姫の記事によれば、弁慶は義経に仕えたがさしたる活躍もなく、初期の軍記物に出てくる彼は、ほかの従者の末尾にいて、戦う気配さえ見せないヤワな山法師、おまけに先人の著作では、実在したかどうかも怪しい。

     弁慶の松平健さんとはまるきり違うではないか。
    それで姫様にコメントを送った。


    『え~そんな
    弁慶は子供のときの絵本よしつねから始まって大人になるまでなんども目にしてきた忠義のヒーローだったのに。
    つい最近もかつてのNHK大河・義経をようやく壇ノ浦まで観終わったところ。
    見る気がしなくなったよぉ~
    まあ義経の物語そのものはだいたい同じで結末はわかっているので、ほんとはどうってことないのだけどね。
    紀州田辺の駅前にも弁慶が立っていて、なんでも生誕の地だそうで、もちろんここでもヒーロー扱いなんだけど、どうしてこうなってしまったのか。
    なんとも悲しくもあるけふこのごろでござりまする』

    するとこんな返事が

    『夢を壊してすみません。
    でもこれ、私の説ではなくて先人の研究者の説ですから。
    とはいうものの私も賛同しているわけですけど。

    ついでにもう一つ夢を壊すと「義経はサル目で出っ歯の小男だった」そうです。誰も見たことがないし、当時の日記にそう書いてあったとしてもその人の嫉妬からかもしれないし。

    ついでのついでに「清盛は残された像などから見てどうも乱視だったのではないか」という説も。確かに乱視の私の見方そっくりです。でも絵巻は面白いですね。合戦に金髪の白人や黒人が鎧着て戦っているんですから。

    家康も秀吉も鎧や衣服から見て小男で、当時の日本人は小さかったみたいですが、そんな中でなんで相撲取りや力持ちの大男が生まれたんでしょう』


     義経はサル目で出っ歯の小男だった。

     そもそもちから姫さまは男を敵視する傾向があって、相手が弱ったとみるやここぞとばかりに追い打ちをかける。

     あたしはあほらしくなってドラマを観るのをやめました。

     クリスマスを信じていた子供がある歳になって真実を知ってしまった。あの時の気持ちにどこか似ているような気がする。



    コメント

    非公開コメント

    ありがとうございます

    ちい公さま、

    私のブログの大大宣伝、うわわわー、です。
    「サル目,出っ歯、小男」は「平家物語」の義経像です。
    でも「美」の基準は時代で変わりますから(笑)

    で、私は「男を敵視する傾向がある」-。
    そっかァ。そうかもなァ。苦労したもんな。
    ♪ 男はみんな、オオカミよ だったからなァ。
    オオカミではなく、ちい公さんみたいな素敵なワンさんに出会っていたなら、こうはならなかったかも。

    それはともかく、こんなにも取り上げてくださって感謝でいっぱいです。 

    Re: 雨宮清子 ちから姫様

    へへへ
    こちらこそ記事一回分ありがとうございます。
    しかし義経、タイミングがよかった、ビックリポックリです。
    しかし
    五条の橋での対決、ふたりの初顔合わせを泥棒同士の闘いとは、小気味よすぎてお口あんぐりでした。(笑)

    ちい公

    ようこそ! 
    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い