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    イサーンの風にふかれて~君と二人で~

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    10 /26 2019


    ② サコンナコン空港からタイランド東の果てナコンパノムへ


     サコンナコン県の空港から隣の県メコン川に面したナコンパノムの町までは約100キロほどの距離。



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     町に入る前に立ち寄ったのがホーチミンのレジデンス跡。

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     北ベトナムが独立を勝ち取るまで、またホーチミンが建国の父と言われるまでアジアの各地で隠遁生活を送った時期があった。その一時期タイ王国にも住んでいた。
     それがメコン川沿いのナコンパノムだったということでベトナムからの移民がその後、アメリカが介入したベトナム戦争時期にも多くが流入したようだ。

     北ベトナム建国・南北ベトナム戦争、アメリカの敗北、そしてベトナム全土が一つの社会主義国となった。

     このようなレジデンス・住居跡を残しているのはこの一帯に住むベトナム人が中心となって動いたのだろうと思われる。
     とくに入場料を取るわけでもなく一人のおばさんがタイ語で一生懸命に説明をしていた。とくにホーチミンを礼賛するわけでもなく、ただ時系列に基いて話をしているだけだった。


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     あくまでも社会主義国の話なのでいちおうフリーカントリーであるタイ王国とはそぐわない一面もあるのだろうか。

     ベトナム戦争か。
     もう化石の如く幾世代も前の話のように思え、ホーチミンそのものを知っているということさえ、なんだか自分自身がずいぶん歳を取ったように思ってしまう。

     ヤシの木に囲まれた小道を歩きながら今からおよそ90年ほどむかしを偲んでみようとするが、どうもピンとこない。ホーチミンはそれはそれで優れた指導者だったかもしれないが、残念ながら自分の母国の話ではない。
     
     あたしには、どこか日本の山城の坂道のほうが兵どもの雄叫びがはっきり聞こえて、長いトリップができるというものだ。

     妻に聞いてみた。
    「君はホーチミンを知っていたのか」
    「ううん。ベトナムの町の名前だけよ」

     そりゃそうだな。これがふつうというものだ。

     ここから数百メートルほどの場所にベトナム国旗が翻る建物があったのですが、このつづきはまたにしましょう。







     

     



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    No title

    ホーおじさん、リアルタイムでよく存じ上げております。v-509

    Re:ピオの父ちゃん 様

    ありがとうございます。

    ベトナムに平和を・・・の時代ですねきっと。

    ちい公

    ようこそ! 
    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い