


あたしがいくら物を知らないといっても、そこはそれ、長く生きてきたので【ひつまぶし】なるものがどんなものであるかくらいは知っている。
あたしのイメージでは、要するにご飯に細かく刻んだかば焼きを混ぜたもの、すなわちウナギの混ぜご飯のようなものだった。
だから何度か自分でそのような料理を作ったことがある。
さていよいよ時間になって入場開始。玄関には体温チェックの小さなモニターが置かれている。老舗とはいえ時節柄、これが当たり前なのだろう。
私たちは一番乗りなので。部屋の奥に座った。
一部屋に四つほどのテーブル。次から次へとお客が案内されてくる。
そして待ってました、ひつまぶし様の登場。
おぅなるほど。
パンフの写真とあまり違わない。器いっぱいに敷き詰められたウナギさん。最初から混ぜられているのではなく客が自分で楽しめるように考えられたものだろう。
「おう美味しそうだな」
「まだダメよ」
ママとっとが言う。
「いまから食べ方を説明します、いいわね」
「なんだ食べ方があるのか、自分で好きなように食べたい」
田舎者のツアーはうるさい。
「ダメです! ちい公はとくにちゃんと聞きなさい!」
おおコワ。
あたしは幼児期の母を思い出した。しつけにきびしい人だった。箸の上げ下ろしから教えられた。
あたしは、今日もおなじように手をパチンと叩かれそうな気がして沈黙した。

「まずこれを四等分するの、いいわね。そして一杯目をお茶碗に移してそのままの味を楽しむの」
二杯目はネギなどの薬味を載せて、そして三杯目はお茶漬け、これは出汁の入れ物がきているのでそれをかける。
「最後に残った四分の一はお好きなように楽しんでね。では食べ方はじめ!」
ざっと書けばそういうことだった。
あたしは、もし間違ったら手が飛んできそうな気がしてゆっくり味わうどころではなかったが、でもたしかに美味しいのだということは理解した。
よしこれで有名店でひつまぶしを食ったと自慢できる。
その程度なのだちい公は。
そんなことを言いながら、その実、ママとっとちゃんには心より感謝している。
これらすべて彼女の配慮がなければ実現できなかった。面倒見のよい彼女のような方に出会ったのは幸運だと言うべきだろう。
自慢じゃないがちい公は人に関してはツキがあるのだ。
さあお腹がいっぱいになった。
次はどこでしょうか。
にほんブログ村