山里へ
弟が田舎へいこうといってきた。
墓参りもするので一緒にどうだという。
弟は昔からいい出したらしつこい。性格なのかどうか末っ子の甘えがいまも続いているのかどうか、こちらがうんというまで引き下がらない。
よほど病気のせいにして手術前だからどうのこうのと拒絶しようかとも思ったが、弟は私がそれほど大したことのない症状だとわかっているので、それも大人げないと、渋々田舎ゆきを承知した。
「あのさ、ついでにね、温泉にでも一泊してこないかい」
弟はそんなことをいい出した。
「温泉ならお前たち二人でいってこい。おいらは嫌なこった」
「そんなこというなよ、ゆこうぜ久しぶりじゃないか」
ここでもまたしつこい。
「温泉へゆくならおいらはいかないから、お前たち夫婦でいっておいで」
そういうと素直に引き下がった。
そして前日の夜だった。メールがきた。
「あのさ温泉予約したから一泊するよ。もうキャンセルできないからいってください」
ああやられた。
キャンセル不可ならどうしようもない。兄貴がそこまで頑固者ではないことをわかっている。
紀州の山里に弟たちの父親そして縁者の墓地がある。
私は弟の父親に育ての親というほど世話になってないという気持ちがずっとあるのであえてその話題にはふれないできた。
ただ同行はして手くらいは合わせるがそれ以上でも以下でもない。
なんせややこしいのであまり詳しくは書きたくないが、弟はかつて私の子供時代の日記を読んで涙を流したくらいだから、そんな兄貴の気持ちを理解していると私は思っている。
いずれにせよこの世に唯一残った縁者、弟であるから憎いわけもない。
なんせ狭隘な山里だ。
あたりの森林は計画的に伐採植林され濃く深い緑が覆っている。
サルが走ればイノシシやシカがひょいと顔を出す。人間の数よりはるかに多い野生動物たち。
久しぶりにお寺へいった。
もう檀家の数は少なくかなり以前から近くの町の分院になっている。なので住職は常駐はしていないようだ。昔はここに坊さんが住んでいて中学校の社会の先生だった。
大人の目でみる寺の庭は信じられないほど狭かった。
こんなところで村人が集って盆踊りをしていたのだ。もしかしたらあれは夢ではなかったのか。
束の間タイムスリップしたような感覚に陥った。



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