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    日曜読物 イサーンの風にふかれて あの日あのとき ①

    日曜読物 イサーンの風にふかれて あの日あのとき
    03 /20 2016
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    ① ある年・晩夏 いく度目かのタイ・イサーンへ

     午前五時バンコクドンムアン空港に着いた。まだ夜は明けていない。
     深夜便で戻ったのははじめてだったが、空いていたおかげで横になって眠ることができた。
     寝ぼけ眼で書いた入国カードに記入もれがあって係官に指摘された。これもはじめての経験だった。通常ならタイの入国審査は拍子抜けするほど簡単なのだ。

     私に荷物はほとんどない。いつものことだ。ショルダー・バッグひとつとパソコン・ケースを持ってゲートを出た。午後の飛行機で東北部(イサーン)の町ウドンターニへ向かう私にはここバンコクで待っているものもいない。
    「さて、どうするかな…」
     思わず独り言がでた。六時間以上も待たねばならないが、かといって目的もなしにバンコクの街へ出る気にもならなかった。騒音と排気ガスが充満する街に興味はない。結局、国際線と国内線ビルを行きつ戻りつしながら時間をつぶすことにした。時間もあればあったで困惑するものだということをこのときはじめて知った。
     
     国際線から国内線までの長い連絡通路を何度往復しただろう。通路自体は五百メートルほどだが歩く身には倍ほどの長さに感じられる。荷物が少ないからいいようなものの、これがトランクだったりするとカートを押しながらの移動は大変だろう。チェンマイのようにウドンタニ空港にもイミグレーションがあれば荷物はそのまま預けておけるから楽なのだが所詮ウドンターニはイサーンのローカル空港である、考えるだけ無駄というものだ。

     最近この連絡通路に無料の電気カートが二台配置された。子供連れなどの女性たちが利用しているが私はもちろん男としてのプライドにかけても一生乗ることはないだろう。ゴメンナサイと声をかけながら追い越してゆくドライバーの下手な日本語が今日はなぜか癇にさわった。

     国内線のカフェで朝飯を食った。それでも一人というのは間がもたない。一時間も同じ場所に座っていることができれば上出来というものだ。
     今度はビルの外に出てみた。騒音と排気ガスの臭いが一度に押し寄せてきた。まだ朝の時間帯のためか汗がふきでることはなかった。雨季は終わりに近づいている。乾いた、地元の人間に言わせれば、寒い季節がまもなくやってくる。

     バンコクから東北、ラオス国境方面に一時間のフライト。
     眼下には田園地帯が広がり山らしい山はほとんど見ることがない。池や沼地がキラキラ輝いている。それらのなかには海老の養殖用に転用された農地も少なくない。海老の大半は日本へ輸出されると聞いた

     午後便は軽食のサービスがある。紙のランチボックスにチキン、ケーキ、果物、水などがセットされている。食べない客には持ち帰り用の袋が配られる。いかにもこの国らしいサービスだ。私は食べずに隣の子供連れの夫婦にあげた。

     ウドンタニ空港。
     今日はめずらしく荒っぽい着陸だった。機内でかすかに悲鳴があがった。タイ航空にしてはめずらしいことだ。
     タラップに足を踏み出したとたん顔に痛みを感じた。陽射しがつよい。空気が思ったより乾燥している。
     地元の人間も暑いとみえタラップの下では日よけのこうもり傘を手渡している。私は手を振ってことわり空港ビルにむかってゆっくり歩いた。ビルといっても二階建ての小さな建物だ。日本のローカル空港の方が立派かもしれない。二階の窓には、やもりのようにへばりつく人々がみえる。いつもの光景だ。迎えもいれば飛行機見物だけの連中もいる。近在にはまだ飛行機がめずらしい地域もあるのだ。余談だが、ここの二階のレストランはバイキング・スタイルで安くてうまい。旅客のためもあるが、これら飛行機見物の人達のこともあって安いのだと思う。


    「ちいサン!」
     出迎えの後ろのほうから大きな声が聞えてきた。エィが背伸びをしながら手を振っていた。
     彼は日本にいる友人の弟で今年三十一歳になった。おとなしく気のよい男で私を兄のように慕ってくれる。
     わずかな不在だったが人懐っこい笑顔が妙になつかしい。彼の後ろで彼女のケィが笑顔で立っている。二十五歳、美人だ。とにかくエィは女性にもてるので、つぎつぎ変わる彼女が憶えられない。今回はまだつづいていたようだ。私は、やさしくしっかりもののケィが好きなので、なぜかホッとした気分で手をあげてこたえた。
    「サワディークラップ!」
     タイでは握手よりも両手を合わせるワイの挨拶が先だ。目上に対するときはできるだけ顔の前でワイをする。目上の者はあごの下くらいで両手を会わせて挨拶すればよい。
    「おかえりなさい」
     ケィが言い、エィが黙って私の鞄をとる。
     私の身体から緊張感が引き潮のように消えてゆく。いつからかここが故郷になってしまった。この安堵感がまさしくそれを物語っていた。

     二ヶ月間の日本滞在から私は戻ってきた。
     本能のまま渡り鳥のようにイサ―ンに帰ってきた。

                                                                        次週へ

    ちい公

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    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い