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    日曜読物 イサーンの風にふかれて 2

    日曜読物 イサーンの風にふかれて あの日あのとき
    03 /27 2016
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     3 国境の町ノンカーイメモリアル①


     はじめてノンカイに行ったのは1999年の秋だった。
     日本の友人が私を呼んでくれた。
     あのころの私は疲れていた。あちこちで悲惨な光景を目の当たりにする日々、それが当たり前の日常になり精神が少しずつ侵されはじめていたと思う。元来それほど頑健な心の持ち主ではなかったのだろう。

     あれから数年後。
     知人の弟エイがピックアップで案内してくれたときがあった。
     依然として私のタイ語もまるきりだめで英語が話せないエィとジェスチャーゲームさながらの珍道中になった。

     エイはノンカイの町に入るまえにメコン河のほとりに私を連れていった。
     メコンの堤防に腰掛け無言のまま煙草に火をつけた。
     はじめて目にするメコンは土色に濁り水量ゆたかに悠々と流れていた。チベット高原に源流域をもち六つの国を縦断する大河メコン。この河はタイとラオスの国境でもある。
    「ビエンチャン」
     エィが川向こうを指差した。対岸の雑木林のてっぺんに金色に光る尖塔はお寺だろうか。わずかに家並みも見える。
    「ラオス、か」
     世界は広い。死ぬまでにあといくつの国を歩くことが出来るのか。人生の中間点をすぎた自分をおもい、このときわきあがってきた焦りにも似た感情は現在も引きずったままだ。

     背後に人の気配を感じた。
     振り返ると、中年の婦人と男性がやってくる。二人は私達の後ろを通り横手の階段から岸辺に舫われた小舟にむかっておりていった。婦人の両手にはビニールの買い物袋がさげられている。後につづく男は何も持っていないところをみると船頭のようでもあった。
     婦人が舟に乗り移ると男がすぐ綱を解きエンジンをスタートさせた。すばやい作業だった。小舟はみるみる遠ざかっていった。河の中ほどでは流れに負けまいと斜行し、舳先をほとんど上流に向けるようにして進んでいった。
     ほんの数分の出来事だった。もっと短かったかもしれない。舟は雑木林のある対岸に着いた。二人の姿はあっという間に茂みの中に消えた。私はマジックでも見せられたかのように二人が消えたあたりを呆然とながめていた。
    「あれは国境破りか?」
     それらしいことをあやしい英語で言いなおしてみるがエィに通じるわけもなかった。

    「シャシン、トロウ」
     ジェスチャーつきのタイ語でエィはのん気なものだった。
     ここで国境という概念はさほど重要ではない。島国に住む日本人は国境というものを大仰に考え過ぎる。
     しかし地続きの国境を考えてみると近辺の人々は日々の生活として二つの国を自由に往来しているのだ。そんな人々にビザやパスポートなどという意識はない。

     経済の原則を忠実に履行するとしたら、そして法の規制がないとしたならば、これが人間本来の姿かもしれないと私は考えはじめていた。元来人は空ゆく鳥のように自由だった。そうあるべきだった。そもそも国境などというものは車道と舗道の区別みたいなもので便宜上人間がつくりだしたにすぎない。ここではボーダーという概念よりまず生活なのだ。法とか秩序より日々の暮らしが優先される。
    「ちいサン!」
     エィがカメラをかまえて笑っている。私はポーズをつくった。なぜかピースサインがでた。

                                                                  次週へ


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    ちい公

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