FC2ブログ
    にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自由人へ

    日曜読物 世界遺産・バンチャンへ

    日々のドキュメント 旅  アジア 
    01 /08 2017


    001_20170107082326b39.jpg
      ยินดีต้อนรับสู่ Blog ของฉัน [ไดอารี่เกี่ยวกับเมืองไทย โดย Mr.Chiikou]
      ようこそいらっしゃいませ、ありがとうございます


     本日は都合により日曜読物「イサーンの風にふかれて」より第63話を転載します。
     ダラダラ長い文章は拙ブログのもっとも忌み嫌うところでありますが・・・。
     
    63 誕生日・世界遺産バンチャンにゆく


     五月三十日は私の誕生日だ。昨年はたしか大阪にいた。友人がケーキで祝ってくれた。いくつになってもロウソクを吹消すときの気分は悪くない。楽しかった思い出だ。

     今日は誕生日だ、バンチャンに行くことにした。

     以前にも私はそこを訪れている。誕生日と世界遺産を訪れることにはなんの関連性もなかったのだが、今年は誰にも誕生日であることを話していない。要するにヒマだったのだ。

     雲が低く垂れ込めている。雨になるかもしれない、そんな空模様だ。
     カメラと雑記帳をビニールでくるみバイクにしばりつける。そう今日は片道五十キロほどの道のりをバイクで突っ走る。

     無免許で走りまわることにもすっかりなれた。
     知り合いのポリスが作ってくれた運転免許証も期限が切れた。知人はいつのまにか遠くの町へ転勤してしまい、いましばらく正規(?)の免許証は手に入らないから無免許運転ということになる。事故さえ起こさなければ飲酒運転だろうがなんだろうがこわいものはない。

     タイの道路はとにかく一直線だ。信号がない。あまりスピードをあげずに走る。ときおり、追い越してゆく大型トラックの風圧であおられる。小粒の雨が落ちてきて顔に痛い。道路の砂粒も顔に当たる。

     バンチャンミュージアムの前は雨でぬかるんでいた。世界遺産といってもやはり田舎であることに変わりはない。
    「あなたはどこからきましたか?」
     入場券売り場で国籍を聞かれる。タイ人十バーツ、外国人は三十バーツだ。前回は「タイ人と日本人のハーフだ」と言い通して十バーツにしてもらったが今回は面倒だったので「台湾からきた」と言って三十バーツ払った。

     雨模様の平日だ。タイ人の田舎者の団体が数名入っているくらいでほかに客はいなかった。ペチャクチャ喋っている係の女性たちのほうが数は多い。展示物にたいして驚きも感動もなく表に出た。骸骨を見たっていまさらどうってことはない。

     ひさしのあるベンチで煙草を吸っていると男がやってきた。
    「ここから五百メートルほど先のお寺で発掘現場が見られますよ」という。
     そうだ。その場所には行っていなかった。

     村の中をゆっくり走る。あちこちにぬかるみができている。世界遺産の村にしては道路整備がお粗末だ。バンチャンの特産品である綿織物や土器の店がちらほら目につく程度で、とりたてて観光地らしい雰囲気もない。同じ世界遺産でもアユタヤのような賑わいや華やかさがまったくない。観光地としては出土品以外にみるものがないというのも欠点のひとつだろう。

     ほんとうに目と鼻の先にミュージアムはあった。
     お寺の敷地内にある発掘現場を上から見られるようにしたものだ。入場料で学生や作業員の費用をすこしでもうかそうというのかもしれない。考えたものだ。死体といっしょに埋葬された多くの土器や装飾品を発掘している。要するに体の良い墓荒らしだ。それを金をとって見せるほうもすごいが金を払って有り難がる客も客だ。

     ここの受付のおじさんは私に入場料十バーツだと言った。タイ人だと思われたのだ。私は黙って十バーツを支払い、しばらく学生たちの発掘の様子を上から眺めた。見られることにまだなれていないのか、しきりに私の方を意識する連中がいる。他に客がいないこともある。そんなことより手もとの作業に集中しなさい。そう思いながら私は意地悪く彼らの手元をのぞきこむようにして動かなかった。刷毛で土を丁寧に払いつづける。なかにはピンセットを持っているものもいる。根気の要る作業だ。

     やがて飽きた私は入り口に戻った。
    「この村はどこも地下にはこういったものがあるのかな」
     受付のおじさんにたずねた。
    「どこにでもっていうわけでもないですよ。やはり昔、墓があったような場所でしかこういったものはないですね」
     そして彼は私に聞いた。
    「どちらの国から?」
     私のタイ語でムエタイならぬニセタイであることがばれたのだ。
    「アメリカからです」
     私は英語で答えニヤっと笑い、その場所をあとにした。彼は差額の二十バーツを払えとも言わなかった。もちろん言われてもいまさら払う気などさらさらなかったが気分は壮快だった。人間、ながく生きていると根性もひん曲がってくるのだ。

     楽しい誕生日の思い出ができた一日。




    コメント

    非公開コメント

    ちい公

    ようこそ! 
    空ゆく雲のようにいつも自由でありたい。もとノラのちい公がお届けするごく私的な日常と愛する国そして人々への思い